P:商売のルールや行政の方針を見る
PEST分析のPは、Politicsの頭文字です。意味は政治ですね。
政治と聞くと、選挙や国会の話を思い浮かべ、自社の商売とは縁遠い感じるかもしれません。しかし、ここで考えるのは政治についての理解ではありません。
法律や税制、地元の自治体の施策などによって、商売の条件がどう変わるかを見ることです。
例えば、最低賃金の改定は人件費に関係します。食品の表示ルールは、商品の包装や管理の仕方に関係します。自治体が住宅の改修を支援すれば、地元の工務店への相談が増えるきっかけになるかもしれません。
国の大きな方針だけでなく、県や市町村の動きも、地元企業の経営に関わっています。
なぜPを見る必要があるのか
1.同じ売り方、同じ仕事の仕方では、利益が残らなくなることがあるから
売上が変わっていないのに利益が減っているとき、商品や営業だけを見ていても、その理由を十分につかめないことがあります。
例えば、賃金に関わる制度の変更に対応すれば、人件費や事務の負担が変わります。商品の安全や表示に関わるルールへの対応で、管理の手間や費用が増える場合もあります。
必要な費用が変わっているのに、販売価格や見積もりの考え方が以前のままなら、利益は圧迫されます。
Pを見ることは、今の商売に必要な費用や手間を、改めて確認することにもつながります。
2.自社だけでなく、お客さまの買う理由も変わるから
制度の影響を受けるのは、自社だけではありません。お客さまや取引先も影響を受けます。
例えば、住宅改修への支援制度があれば、これまで修繕を先送りしていた人が、工事を検討するかもしれません。取引先に新しい管理や報告が求められれば、その仕事を助ける商品やサービスが必要になることもあります。
「自社が何に対応しなければならないか」に加え、「お客さまは何に困るようになるか」「何にお金を使うようになるか」を考えることが大切です。
3.商売を続ける条件や、新しく始める条件が変わるから
今までどおりの営業を続ける場合と、新しい商品やサービスを始める場合とでは、確認すべき条件が異なることがあります。
店頭販売から通信販売へ広げる、食品の製造や加工を始める、新しい場所に出店する。こうした取り組みでは、許認可や表示、土地・建物の使い方などの確認が必要になる場合があります。
売れる見込みだけで進めると、後から設備の変更や追加の手続きが必要になり、予定していた採算が崩れることもあります。
Pは、新しい取り組みを実行できる条件を確認する視点でもあります。
4.地域の需要や競争の条件が変わるから
自治体の予算やまちづくりの方針も、地域の商売に関係します。
道路の整備、公共施設の移転、学校の統廃合、公共交通の見直しなどによって、人の流れや、必要とされる商品・サービスが変わることがあります。
また、行政の発注方針や入札条件によって、地元企業が受注を検討できる仕事も変わります。
自社の店内や工場内だけを見ていると、こうした変化を見落としてしまいます。
Pに当たる事例を見てみましょう
以下は、Pとして確認するテーマと、そこから考えられる影響の例です。影響は業種や地域、制度の対象によって異なります。自社に当てはまるものから見ていきましょう。
人の雇い方や、仕事の進め方に関わるもの
| 確認するテーマ | 関係しやすい企業 | 自社について考えること |
|---|---|---|
| 最低賃金の改定 | スーパー、飲食店、製造業など | 人件費がどれだけ変わるか。価格、配置、作業方法の見直しが必要か |
| 時間外労働の上限規制 | 建設業、運送業、製造業など | 残業を前提にした受注量や納期になっていないか |
| 社会保険の適用範囲の変更 | パート従業員の多い小売業やサービス業など | 会社負担と従業員の働き方に、どのような影響があるか |
| 育児・介護と仕事の両立に関する制度 | 従業員を雇う企業 | 休業や勤務時間の変更があっても、仕事を回せるか |
| 外国人材の受入れ制度 | 人手不足の企業 | 自社の業務は対象になるか。採用後の教育や生活支援を含めて対応できるか |
最低賃金や時間外労働などの制度は、厚生労働省が案内しています。自社への適用を確認したうえで、人件費や仕事の進め方への影響を考えます。厚生労働省「労働条件・職場環境に関するルール」
商品の作り方や、売り方に関わるもの
| 確認するテーマ | 関係しやすい企業 | 自社について考えること |
|---|---|---|
| 食品表示のルール | 食品製造業、スーパー、食品販売店など | 原材料やアレルギーに関する情報を、どう確認し、表示に反映するか |
| 食品の衛生管理 | 飲食店、惣菜店、食品製造業など | 衛生管理や記録を、日々の作業にどう組み込むか |
| 営業許可や届出の要件 | 飲食、食品加工など | 新しい商品や販売方法を始める際、今の設備や手続きで対応できるか |
| 通信販売や広告のルール | ネット販売を行う小売業、サービス業など | 価格、取引条件、返品条件、広告表現を適切に示せているか |
| 個人情報の取扱い | 会員制度、予約、配達などを行う企業 | 顧客情報を何のために集め、誰が使い、どう保管するか |
| 製品の安全に関わる基準 | 製造業、輸入・販売業など | 仕入れや販売の際に、どの基準や確認が必要か |
例えば食品では、衛生管理と食品表示は、それぞれ確認が必要なテーマです。「品質には自信がある」ということと、制度への対応ができていることは分けて考えます。厚生労働省「HACCP」、消費者庁「食物アレルギー表示に関する情報」
税金や取引の条件に関わるもの
| 確認するテーマ | 関係しやすい企業 | 自社について考えること |
|---|---|---|
| 消費税やインボイスに関する制度 | 幅広い業種 | 請求書の発行、仕入先とのやり取り、経理業務にどう影響するか |
| 設備投資に関する税制優遇 | 設備更新を検討する企業 | 計画している投資が対象になるか。申請などの手順は投資時期に間に合うか |
| 価格交渉や取引適正化に関する制度・施策 | 下請取引や継続取引のある企業 | 原価の上昇を説明する材料や、価格を見直す機会を持てているか |
| 行政の入札・調達方針 | 建設、清掃、給食、印刷、ITなど | 自社が参加できる案件はあるか。参加条件や採算を満たせるか |
| 事業承継に関する支援制度や税制 | 後継者への引継ぎを考える企業 | 株式、設備、資金、人の引継ぎについて、いつから準備するか |
インボイス制度は請求・経理の仕組みに、官公需の方針は行政との取引機会や条件に関係します。国税庁「インボイス制度について」、経済産業省「令和8年度中小企業者に関する国等の契約の基本方針」
地域の需要や、人の流れに関わるもの
| 確認するテーマ | 関係しやすい企業 | 自社について考えること |
|---|---|---|
| 住宅の改修や耐震化への支援 | 工務店、建設業、住宅設備業など | 対象となる工事について、相談や提案の機会があるか |
| 子育て支援や保育施策 | 小売、教育、生活関連サービスなど | 子育て世帯の負担や、施設・サービスへの需要がどう変わるか |
| 高齢者の在宅生活を支える施策 | 配食、移動支援、住宅改修など | 自社で担える仕事はあるか。必要な条件や提供体制を満たせるか |
| 観光振興策やイベント支援 | 宿泊、飲食、小売、交通など | 来訪者を自社の利用につなげられるか。一時的な需要に終わらないか |
| 道路整備や公共交通の見直し | 店舗、配送、観光関連など | 来店経路や商圏、配送時間がどう変わるか |
| 公共施設の移転や学校の統廃合 | 周辺店舗、納入業者など | 現在の来店客や取引が減らないか。新たな需要が生まれる場所はどこか |
| 用途地域や出店に関する規制 | 小売、飲食、製造、不動産など | 出店や増築ができるか。周辺に競合が参入する条件はどうなっているか |
これらは、全国で一律に起きているという意味ではありません。地元の自治体の計画や予算、支援制度を確認するための着眼点です。
環境への対応や、投資の後押しに関わるもの
| 確認するテーマ | 関係しやすい企業 | 自社について考えること |
|---|---|---|
| プラスチックの使用削減や資源循環の施策 | 小売、飲食、宿泊、製造など | 容器や備品、回収方法を見直す必要があるか |
| 廃棄物の分別・処理に関するルール | 幅広い業種 | 処理方法や委託先、費用を見直す必要があるか |
| 省エネ設備への支援 | スーパー、工場、宿泊施設など | 冷蔵設備や空調の更新で、経費をどれだけ減らせるか |
| 省力化やデジタル化への支援 | 人手不足や事務負担のある企業 | 自社の課題を解決できる投資は何か。導入後の費用や運用も含めて採算が合うか |
例えば、地元の小売店なら何を考えるか
架空の小売店を例に考えてみましょう。地域の便利店を目指して、お客さまからのご意見を参考に商品を調整しながら商売をしています。
この店は、売上は大きく変わっていないものの、利益が年々減っています。経営者は「もっと売らなければ」と考え、できるだけ値上げをせず特売を増やしていますが、利益の改善につながっていません。
ここでPに目を向けると、確認したいことが幾つか出てきます。
まず、最低賃金の改定などによって、人件費がどう変わったかを確かめます。最低賃金に近い従業員だけでなく、役割や経験に応じた賃金のバランスを見直していれば、その影響も確認します。
次に、惣菜部門の衛生管理や表示について、必要な作業や費用を把握します。それらが商品の原価や販売価格に十分反映されていなければ、売れていても利益が残りにくくなります。
冷蔵・冷凍設備が古く、電気代が経営を圧迫しているなら、省エネ設備への更新と、利用できる支援制度を調べる余地があります。ただし、支援を受けても自己負担は残ります。導入費用、維持費、削減できる電気代を比べて判断します。
また、自治体が高齢者の買い物支援を進めているなら、自店が参加できる仕組みがあるかを調べます。配達を始める場合も、販売額だけでなく、注文受付や配送にかかる費用まで考えます。
こうして見ると、利益を改善するための検討は、特売だけではありません。価格や品ぞろえ、仕事の進め方、設備、販売方法まで広がります。
制度の名前で終わらせず、自社への影響まで考える
Pの分析で大切なのは、法律や制度の名前をたくさん並べることではありません。
次の順番で、自社の商売に結び付けて考えることです。
制度や行政の方針がどう変わったか
↓
自社や、お客さま・取引先に何が起きるか
↓
売上、費用、仕事の進め方にどう影響するか
↓
何を確認し、何に取り組むか
例えば、「自治体に改修補助金がある」で終わらず、「対象となる住宅や工事は何か」「自社のお客さまに当てはまるか」「見積もりや申請をどう支援できるか」まで考えると、営業の行動につながります。
なお、まだ検討中の政策と、実施が決まった制度は分けて扱いましょう。決まった制度でも、対象、開始時期、経過措置によって影響は異なります。
まずは、自社に関係の深いものを三つ選び、「何が変わり、自社にどう影響しているか」を確認するところから始めてみてください。